【雑記】ブラック会社に勤めていたんだがなんとか生きている Vol.1 〜三田編〜

in #japanese8 years ago

愛用中のVAIOのノートパソコンが電源接触不良で修理に出しています。本日はMacBook Pro、久しぶりに過去に携わったプロジェクトの案件の事を吉原案件の記事(記事はこちら)のように雑記を綴って見たいと思います。

まず私の上京の頃のお話からさせて頂きます。僕は福岡にある九州工業大学という地方大を卒業致しました。元々高校入学当時からロボットコンテスト(通称ロボコン)に興味があり、是が非でも大学ではロボット工学を学びたいと野心的な願望を抱きながら(当時はソニーのアイボが全盛期でしたので)、立命館のロボティクス工学科を第一志望に考えていたんです。

ちょうどその頃、高二の頃からたまたま母親の知人の紹介で私の勉学を教えることになった家庭教師の講師が九州工業大学の学生で、ロボットや機械工学を学ぶんだったら隣町の九州工業大学もいいぞと話を持ちかけられて、その縁から情報工学を学ぶことになりました。

20181126_1.jpg

第一志望の立命館のロボティクス工学科は落ちましたが、九州工業大学を無事卒業。情報工学を専攻した関係で川崎市中原区のとあるSIerさんに入社することになりました。その頃のお話から始めます。

まず、同期が300人いました。今のような労働問題がクローズアップされる前のお話です。ITバブル全盛期だったのか人が足らなかったのか取りとりまくったのが300人。我々に与えられた期間は1ヶ月コースと、2ヶ月コース。1ヶ月コースはGW開けに早速各地の炎上プロジェクトの最前線に特攻兵として派遣されるのです。当然情報工学を大学時代から専攻していた私は最前線の1ヶ月コースでGW明けから現場へ特攻せよとの任務が下っておりました。

20181126_2.jpg

研修期間中にかなりきな臭い噂は新人であっても流れて来ました。あそこのプロジェクトにいったら帰れない、あのプロジェクトは不夜城だから常にビルから電気が消えないなどと。特に某軍曹のお話(記事はこちら)で有名なYRP(ヨコスカ・リサーチ・プリズン)は行ったら最後、帰れないといった噂が同期の間で流れ、GW開けの配属発表を一人一人待つわけです。

僕が仲良くなった秋葉原に家を借りた友人がYRP配属になりました。次、次とYRP配属になります。僕は祈りました。「神様、もし、神様がいるのであればYRP行きだけはなんとしてでも許して下さい。今まで悪いことは沢山してきましたが、これからは絶対にしないことを誓います。神様、お願いします」と。

結果、同期の3分の1がYRPに突っ込まれました。秋葉原からYRPの最寄りの野比まで片道2時間です。僕は武蔵小杉だったんですけど、いったいどうやって通勤するんですかって、そのときの大佐(部長)に聞いたら「大丈夫、帰れないから心配ない」との答えが帰って来ました。僕に告げられた最初の任務は三田の戦場でした。

20181126_3.jpg

我々は仕様も知らされぬまま三田に送り込まれた。

同期で送り込まれた三田の新人二等兵は俺を含めて6名。既に現場は火を吹いた有様だった。我が軍部から送り込まれた要員は我々以外に既に80名近いソルジャーが突っ込まれていて、メールの設定をすると「【仕様変更】」という見出しのメールがあたり一面に飛び交っていた。

俺は大学時代にJava言語に興味を持ち、StrutsやXML、Eclipseなどのツールを研究テーマで使っていて、スキルシートにそんな文言を書いたのが不幸の始まりで、仕様書なのかメモ書きなのか分からない詳細設計書から業務ロジックコードを起こす事から仕事が始まった。

当然ながら何をやればいいか分からない。某広告代理店向けのシステムだったのだが、業界用語が飛び交う仕様書は新人が最初にその仕様書を読んでも何を書いているのかさっぱり分からない。分からないからソースコードに起こせない。とにかく周りの先輩、そして他チームまで足を運んで聴きまくる。

20181126_4.jpg

返ってくる答えは現行通り(今動いているシステム通り)ということであるが、動いているシステムも見たことがない俺は何を手本に作ったらいいのか分からなかった。どうやら分からないのは俺だけではないようで、仕様書というものがそもそもなく、動いているシステムを見て作れというのが極論らしいことがわかって来た。動いているシステムを見たものがどうやら皆に口伝えで仕様を伝えてるらしい。

22時、23時みんな帰らないのである。一向に帰ろうともしない。さすがに女ソルジャーは22時あたりにポツポツと帰り始める上等兵もいたが、チームメンバーは帰らない。23時をすぎると隣の5年目の上等兵が「これからがゴールデンタイムだから仕事が捗るぞ」と声をかけてきたときには三田から武蔵小杉への終電時間を調べることが俺の初の任務であった。

20181126_5.jpg

1ヶ月目は残業48時間だったが、 2ヶ月目で60時間、3ヶ月で80時間、入社4ヶ月目で100時間を超えた。決して誇張しているわけでもなんでもない。毎週金曜日になると、土曜日に出社をするかどうかの出欠表が軍曹、上等兵、新人二等兵の順番に回答が回ってくるのだ。軍曹、上等兵は当然のことながらあたかも平日のように、土曜日の出社に”○”をつけてくる。これを吹けば飛ぶような二等兵が”×”を付けれるわけがない。

最初に壊れたのは同期のぬるぽだった。22時をすぎると「帰りたい、帰りたい、帰りたい」とずっと念仏のように口ずさむようになったのである。他のデスマもCVSのコミット文に「帰りたい、帰りたい、帰りたい」とコミットして周囲を騒がせた。

福岡のど田舎から上京した俺は同じ九州から上京した回りの同期が羨ましかった。なんと夏休みを満喫して海外旅行なんかにいっているものまでいた。ただ、隣の席でどこから吸い上げられたか分からない同じ二等兵が机の上に家族の写真を置いて、二ヶ月会ってないんですよねぇと呟くと、そんな雑念など頭から消し飛んだ。

ただ、俺はどうしても遊びたかった。田舎者だったので、都会に出て来て渋谷や新宿、六本木に行かないで何ために上京してきたんだとおもった。土曜日はデフォルトで出勤だったので土曜日の終電で渋谷や六本木に遊びにいき、朝型帰宅する。そしてまた3時間後くらいに起きて遊びにいったら実質週休二日じゃね?という画期的な技を思いついたのである。

20181126_6.jpg

この効果は絶大だった。新人二等兵の俺には週休二日なんてパレード以外何者でもなく、俺も晴れて週休二日だ、これでこそ上京した意味があるとそのときはかなりハイテンションになった。六本木ヒルズなんかは朝方までオールナイトシネマをやっているので、朝方まで映画を見てまた、昼過ぎまでに活動する。

しかし、すぐに体力的に参った。次の月には残業140時間以上を超えてきたので、体が防衛本能をとったのか、いかに睡眠時間を確保するかが最重要課題となった。上京したての頃は自炊でご飯を炊いてレトルトカレーを食べていたが、ご飯を研ぐ時間がなく無洗米ではない米をそのまま炊いてカレーを食べるようになった。最終的には釜で炊く時間すらなくなり、ピロピロ〜という音の音色すら忘れ、炊飯器がある台所は物置と化した。

ある日、さすがに体力的に参っていてふらふらになりながら会社に9時始業を9時01分に打刻して、1分遅刻してしまった。1分は1分と言えど遅刻である。軍曹部から「どうする?遅刻にすると査定に影響も出るが、有給にすると本日の遅刻はないもののみなされる」と言われ、入社して初めての有給消化が1分の遅刻消化に使われ、結局0時を超えるまで15時間以上働かされることとなった。タイムイズマネーとはこのことであろう。

お盆を過ぎたあたりから現場でも祭りが開催されるとの話で、朝会でなにやら、わらわらと上役が集められた。どうやら通勤が1時間以上かかるものは問答無用で寮生活という力づくの人海戦術を行う神からのお達しがあったらしい。もちろん、軍曹、上等兵関係なく、そして家族や子供がいるいないに関わらずである。

残業が140時間以上になると体力的にくるので、昼休みは必ず睡眠時間を確保することにした。12時から5分で飯を食い、13時まで55分の睡眠時間を確保する。俺だけでなく軍曹や上等兵も同じ兵法をとっていたので、あながちこの攻め方は間違ってないと思った。18時からまた18時45分まで休憩時間があるので、またここで寝る。飯なんかよりも睡眠時間を確保することにただこだわった。上等兵などは200時間程残業しているので、学生時代に体力をつけておけばよかったと後悔した。

同期はいったいどうなっているのか。同期のYRPや燃えていた浜松町のメンバーの稼働時時間を見ると全員、当時の三六協定上の1ヶ月残業MAX180時間が上限の179.75時間で止まっていた(IDとパスワードが同じだったので簡単に当時は見れたのだ)。すぐに俺はブラウザの画面の閉じるボタンを押して、今のは決して見ていないと自分に言い聞かせた。

これが新人として最初に投入された三田のプロジェクトでした。

皆さんも炎上プロジェクトあるかと思います。また当たり障りのないようにブログに書いて見たいと思います。


食べ歩きや散歩、旅行、また面白いと思ったニュースなどの情報をSteemitで更新しています。皆様のUpvote、Follow、Resteemが更新の励みになりますので、応援宜しくお願い致します。

In steemit, I update information such as eating, walking, traveling, and news that I thought was interesting. Upvote, Follow, Resteem of everyone will encourage renewal, so thank you for your support.

written by tamito0201(たみと)

Sort:  

あー、もっと古い私達世代では、ブラック企業満載だったよ。残200とかね(T_T)
そうかー。九工大かぁ。今はセンター試験と言われている物が「共通一次試験」と言われていたころ、その大学で受けたなぁ~。

こんばんは。たしかに上を見ると怖い世界ですよね・・・。僕は飯塚のほうのキャンパスですね。amblogさんは戸畑キャンパスのほうが近いですよね!飯塚キャンパスは本当に回りなにもなかったのですることがありませんでした笑

えっ、飯塚にキャンパスあるんだ!知らなかった…。

あるんですよ泣。かなり辺鄙泣ところに!

Coin Marketplace

STEEM 0.05
TRX 0.32
JST 0.078
BTC 66182.20
ETH 1789.42
USDT 1.00
SBD 0.42