義父のこと
義父を送って1ヶ月が経ちました。
暮れの26日夕方、血圧が200を超えたため緊急入院し、その6日後でした。
入院当初は主治医も1週間程度の入院で退院できるでしょうと言って下さったのですが、家に戻る日は来ませんでした。
高齢でしたので、要介護の状態ではありましたが、訪問介護の入浴サービスをお願いしたり、かかりつけ医の往診を受けたりしながらも、自宅での生活を続けていました。
認知症は全くなく、最後まで家族のことを心配したり、配慮したり…
実に様々なことを深く考えてくれていました。
更にそれは家族だけでなく、義父の兄弟や義母の姉妹にまで及んでいて、それを形にして表すことも常にしていました。
義父を失ってあらためて、その存在の大きさを実感し、私たち家族は悲嘆に暮れました。
家の中に大きな大きな底なしの穴が空いたのが、目に見えるようでした。
天寿を全うしたなんていう言葉はなんの慰めにもならない程、深い悲しみの中で年末年始を送りました。

義父は3人の孫を分け隔てなく可愛がってくれましたので「おじいちゃん」を亡くした私の子供たちもどれだけショックを受けているだろうかと想像ができます。
でも、春には娘の出産があり、秋には息子の結婚式があることを承知していましたので、若い世代に次代を託すゆずり葉のように、去って行ったのだと思えてなりません。
最期に、孫たちの明るい知らせを聞かせることができて良かったと思います。
夫は父親のことを本当に良く世話をしていましたので、亡くなった当初は喪失感から何事もうわの空のような状態になり、私はとても心配しましたが、
時が経つに従って徐々に平常に戻りました。
でも、義父が生前使っていたものや、身に付けていたものを目にする度に涙を流していました。
それは夫が父親に依存していたというわけでは決してなく、
義父が夫にとってどれだけ偉大な父親だったかということを、今更ながら思い知らされる出来事でした。
もちろん3人の孫たちにとっても、おじいちゃんはとても大きな存在だったことは間違いありません。
いつも、気に掛けて見守ってくれたおじいちゃんに良い知らせをもっともっと届けたかったでしょうが、もうそれは叶いません。
でも、おじいちゃんとの日々を忘れずに、おじいちゃんのことを誇りに思ってこれからも歩んでくれることと思います。
毎晩、晩酌を欠かさなかった義父の霊前に好きだった銘柄を添えたお膳をあげながら、「ありがとう。お義父さん」としか伝える言葉はありません。


ご冥福をお祈りいたします。
ありがとうございます。
この写真の花は、義父さんをイメージしたものなのかな?と思いました。
義父のイメージというのではなく、私の心のイメージといった感じです。夏から秋にかけてウチの庭に咲いていた花です。
ご冥福をお祈りします。
私はいつも@sumiさんと@ultrasevenさんの投稿から、知性だけでなくとても温かい愛情を感じていました。
そしてご一族にあふれている温かい愛が、steemitを通してネット世界に伝わって広がっています。
@mdnさん とても有難いお言葉ありがとうございます。そんなふうに思って頂けるのは嬉しい反面大変恐縮でもあります。
義父の存在は家族にはとても大きく、温かな気持ちで包んでくれていることをいつも感じていました。そんな中でこれまでの暮らして来られたことに深く感謝しています。
その感謝の気持ちを今度はいろんな形で周りに帰していくことがなすべきことだと思っています。
(´;ω;`)