アメリカ大陸の東海岸と西海岸は事実上別の国
今回は、アメリカ大陸の東海岸と西海岸の文化の違いと歴史について語っていこうと思います。
さて、みなさん、なんとなくアメリカの東海岸と西海岸という言葉は聞いたことがあってなんとなく東側は保守的で、西側はリベラル寄りというような話も聞いたことがあると思います。
それは確かに正しい情報です。しかし、なぜ同じ国なのにも関わらずそのような文化の違いが発生したのかご存知でしょうか。
たまに東海岸と西海岸を「日本の関東と関西みたいなもの」と例える人がいますが、実際には日本のその違いよりも遥かに大きな溝が存在しています。
今回はその溝が作り出された歴史的な経緯について軽く触れていきたいと思います。
突然ですが、アメリカ大陸を発見したのは誰だかご存知ですか?
はい、コロンブスですね。
ではそのコロンブスは、どこの国の人だったかはご存知でしょうか?
厳密に言うと彼はジェノヴァ出身、つまりイタリア人なのですが、実際にはイベリア半島に移り、スペイン王から出資を受け、スペインを背負って航海をしました。
当然のことながら彼の作った新大陸(=アメリカ)への海図は、スペインの王朝に寄進されました。
というわけで、新大陸の開拓に最初に名乗りをあげたのはスペインでした。
世界史に詳しくない方だと、もしかすると、新大陸の開拓、もっとイメージとして分かりやすく言うならばインディアンを虐殺した最大の担い手は、イギリス人やフランス人などの西欧人だと思っている方もいらっしゃるかもしれません。
しかし実際には、新大陸開拓のほとんどはこのスペインによって行われました。
そして、実際に、スペインは新大陸に広大な版図を築き上げ、世界帝国を現出させました。
この赤い部分がスペインの領土です。青い部分がポルトガルの領土です。
勘のいい方はお気づきかと思われますが、いわゆる「ラテンアメリカ」というのは、スペインとポルトガルの旧植民地のことを指します。
基本的には、アメリカ合衆国以南のアメリカはほぼ全てラテンアメリカでブラジルだけポルトガル語で、それ以外はスペイン語を使っていますね。
このように、先行者たるスペインとポルトガルがアメリカ大陸の「おいしいところ」は全部持って行ってしまいました。
「おいしいところ」というのは、つまり新大陸において金鉱や銀鉱があるところという意味で、香辛料貿易のためにインドを探したコロンブスはまだしも、それ以降の探検家はみんな金鉱や銀鉱を求めて新大陸に上陸していったのです。
この金鉱や銀鉱は中南米に集中していました。加えて当時高価で売れる産物、つまり「コーヒー」や「タバコ」や「綿」や「砂糖」などは赤道近辺の温かいところで生産することができました。
彼らは金鉱や銀鉱というお宝を見つけつくして、もしくは消費尽くしたあとも、それら農産物を生産する土地として中南米に価値を見出しました。
事実、これらの経済的基盤を以てスペイン及びハプルブルク家はヨーロッパの覇権を握るのです。
後のアメリカ合衆国となる土地はそんなスペインが「捨てた」土地に、申し訳程度にイギリスやオランダやフランスが入植したことから始まります。
当時のこのエリアは、動物の皮を取ることくらいしかまともな産業がありませんでした。
ですので、緯度の低い土地と比べると価値の薄い貧乏な土地だったわけです。
しかし、それでも無いよりはマシということで、スペインやポルトガルの後塵を拝するイギリスやオランダやフランスは大国スペインを刺激しないようにおこぼれにありつきます。
まぁ、そっからの闘争はハショリますが、結局イギリスが、それら地域を全て獲得し、その「おこぼれ」地域は最終的には100年くらいかけてイギリスに統合されるわけです。
その頃、スペインもなんやかんやあって没落していました(ここに関してはまた別の機会に記事にします)。
ですのでイギリスはそのままイギリスが領有していたミシシッピ半島なども獲得できました。
それが所謂「東海岸」の原型ですね。
この英領アメリカのうち、南側は緯度が低く儲かる産業、つまり砂糖などの農地として適していたので、ここでイギリスはポルトガルなどと同じように黒人を連れてきて南部の農地で強制労働させます。
一方で北部は、特にまともな産業もなかったのでひとまずは放置されました。
ここが、のちの南北戦争の対立の萌芽を産むわけですね。
南部では黒人を奴隷として儲ける農場主がたくさん増えていくのに対して、北部では農地として適切な土地がありませんでしたから黒人奴隷を連れてくる必要がなかったのです。
その後、なんやかんやあって、英領アメリカは独立します。
本国との税などでの待遇の違いに怒ったのです。
ちなみに英語でイギリスはUnited Kingdomって言います。
アメリカはUnited States of Americaです。明らかに意識したネーミングですね。
連合王国という意味のイギリス国名と比較して、王のいない共和国の連合体という面が強調されています。
こうして、アメリカ合衆国は建国されます。
しかし、建国時の領土は「東海岸だけ」でした。
住民は基本的には「アングロサクソン(イギリス人)」と「黒人」です。
元々、イギリスと東海岸を奪い合ったフランス人やオランダ人の末裔もいたのでしょうが、ほとんど同化していました。
ちなみに、独立の年が1776年です。コロンブスが新大陸を発見したのが1492年で16世紀から17世紀にかけて入植や移民が発生したので、イギリス人が東海岸に住み始めてからだいたい200年前後経過しているわけですね。
ちなみに、この時の西海岸は「スペイン」の領土でした。
東海岸にアメリカ合衆国があり、西海岸にスペインの領土があり、中央には山脈や砂漠などが鎮座して両者の接触と衝突を予防していたような感じでした。
その後、イギリスの植民地のみならず、スペインの植民地でも独立運動が発生し、
北米の旧スペイン植民地は「メキシコ」になります。
当時アメリカは、インディアンを追い立てながらゆっくりと西進していました。
そのまま、勝手にメキシコ領土に「不法移民」したアメリカ人が(今とは立場が逆ですね)テキサス共和国を勝手に名乗り、アメリカに帰属することを望みます。
結果、テキサスを奪い返そうとするメキシコとアメリカの間で、米墨戦争が勃発し、勝ったアメリカが西海岸にまで進むのです。
ここで初めて西海岸がアメリカに帰属しました。19世紀半ばの出来事です。ちなみにそれまではずっとスペインの領土だったのでその土地の大半はスペイン人が住んでいます。
そこから、偶然とはいいがたいのですが、いきなり西海岸でまだ掘削されていない手つかずの金鉱が発見されます(陰謀論的に順序が逆であるという可能性は十分に考えられます。つまり金鉱が欲しいからテキサスという領土紛争をアメリカ側が作った)。
そこで起こったのが「ゴールドラッシュ」です。
西海岸の金鉱で財をなそうと、「世界中から」人々が集まりました。
そもそも、大量の金鉱が発見されたので東海岸のアメリカ人だけでは掘削しきれないわけです。
ですので、これまで新大陸に行く機会がなかったドイツや東欧にかけてのヨーロッパ人から、特にこれは意外かもしれませんが中国からも大量の移民が押し寄せました(まぁ地理的にはヨーロッパよりも近いので)。
日本はまだ開国前ですがジョン万次郎が偶然漂着して金の採掘に携わって財をなしていますね。
米墨戦争でアメリカが西海岸を領有した1848に同時にゴールドラッシュが始まって世界中から人が押し寄せたという計算です。
ここまで説明するのに、非常に時間を割いてしまいましたが、要するに何がいいたいのかというと、西海岸というのは純粋なアメリカ人(アングロサクソン)が作った地域ではないということなのです。
アメリカは人種の坩堝とよく表現されますが、本当に人種の坩堝なのは西海岸だけなのです。東海岸は白人(アングロサクソン)と黒人の地域です。
西海岸は本当にたくさんの人種によって作られました。
またこのような状態ですから、アメリカ政府からしたら容認しがたい事件や暴動や要求がたびたび発生しましたが、当時はインフラも発達しておらず、鉄道も1869年にやっと大陸横断鉄道が建設されたので、ほとんど無政府状態だったわけです。
反乱鎮圧のために陸軍を派遣しようにも、中央アメリカを超えるためには膨大な兵站と犠牲と消耗を負担しなければなりません。
当時も今も、陸運より海運のほうがコストは安いですが、パナマ運河が開通したのは20世紀です。
西海岸に軍を派遣するために船を使うとなると、アルゼンチンを回るか北極を通らなくてはなりませんでした。
そのような状態でしたから、西海岸ではよく言えば自由、悪く言えば無秩序で無政府主義的な時代が長く続きました。
カウボーイとかが生まれたのも西海岸ですね。西部劇とよく言うでしょう。西部劇映画でもよく鉄道を馬で襲撃するカウボーイが登場します。
想像していたよりも、非常に長い文面になってしまいましたが、東海岸と西海岸の文化の違いというのはこのようにして醸成されていったわけです。
正直、人種にせよ民族にせよ文化にせよ事実上東海岸と西海岸はほとんど別の国だったわけです。
20世紀を経てやっと今になって同じ国として同化しているような状態なわけです。
だから、今でも他民族的ですしリベラルの気風が(もちろんカウボーイの時代と比べると遥かに薄まったが)残っているわけなのですね。


